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東京地方裁判所 昭和33年(む)833号 判決

被告人 長野高一 外二四名

決  定

(被告人氏名略)

右の者等に対する各公職選挙法違反被告事件につき、別紙各被告人の弁護人から、それぞれ東京地方裁判所刑事第十二部裁判長裁判官樋口勝、裁判官伊東秀郎及び裁判官柳瀬隆次に対し昭和三十三年十二月三日及び同年同月十三日書面をもつて忌避の申立をしたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各忌避の申立は、いずれもこれを却下する。

理由

(申立の要旨)

本件忌避申立の要旨は、

第一(1)  被告人長野高一ほか二十四名に対する公職選挙法違反被告事件につき、東京地方裁判所刑事第十二部裁判長裁判官樋口勝、裁判官伊東秀郎及び裁判官柳瀬隆次は、昭和三十三年十一月二十二日第一回公判期日を開廷したが、裁判官柳瀬隆次は、さきに勾留裁判官として、本件被告人全員のうち十一名について勾留に関する裁判をし、そのさいそれら十一名の被告人に対する広範囲にわたる捜査記録その他の書類を精読しているので、事件につき予断を抱き、不公平な裁判をする虞がある。

(2)  裁判長裁判官樋口勝は、申立人蒔田太郎が被告人鴇田隆太郎の弁護人として、第一回公判期日において裁判官柳瀬隆次に対して、同裁判官が勾留裁判官として本件起訴前捜査記録を精査し且つ起訴事実についての意見を聴いている事実がある旨を告げて、その回避の意思の有無を質問したさい、裁判官柳瀬隆次をさしおき、しかも改めて合議することもなく、直ちに、弁護人の指摘する点は裁判所においてもすでに承知しているが、この程度では回避の理由を認めない旨を回答した。裁判長の右の回答は、あらかじめ裁判官柳瀬隆次からそのなした勾留に関する裁判について報告を受けて、同裁判官の回避の必要性の有無については合議し、回避の理由なしと判断していた結果なされたものであるが、単に勾留に関与したことがあるという程度の簡単な報告を基礎として回避の理由なしと即断するようなことは、裁判官として極めて軽卒な態度であつて、公平な裁判官のとるべき態度ではないので、通常の事件ならば被告人の公訴事実に対する認否が行われた後に勾留部から公判部に送付されなければならない勾留関係記録が、第一回公判期日の一週間前に勾留部から本件裁判所に送付されていた事実ともあわせ考えると、右の合議のさいには裁判官柳瀬隆次から更に詳細な報告を求めて、勾留に関与した範囲程度を問い糺し、且つ本件被告人等の全勾留関係記録を閲読したうえ合議を行つたものと確信される。したがつて、裁判長裁判官樋口勝及び裁判官伊東秀郎は、事件につき予断を抱き、不公平な裁判をする虞がある。

第二  裁判長裁判官樋口勝は、第一回公判期日において、申立人田中政義が被告人桑名邦雄の弁護人として、公訴事実中不明な点について検察官に対する釈明を求めたのに対し、検察官の意見を聞かずして、直ちに、その点に対する裁判所の解釈を述べたうえ、釈明権に関して弁護人等と論議の末、ようやくにして、検察官に対して、裁判所と異なる解釈をしているならば述べられたい旨の釈明を行つた。裁判長のこれらの訴訟指揮並びに弁護人等との問答を通じての態度は、当事者主義の建前を逸脱して、自ら検察官の防壁となり、弁護人の攻撃に対して検察官の矢面に立つたものであつて、裁判官として慎重且つ公正な態度ということができず、第一回公判期日においてすでにそのような態度をとる裁判長により代表される裁判所は、前記第一の(2)の事由と考えあわせるならば、事件につき予断をもつて公判に臨んでいるわけであつて、不公平な裁判をする虞がある。

したがつて、以上の理由によつて、裁判長裁判官樋口勝、裁判官伊東秀郎及び裁判官柳瀬隆次をそれぞれ忌避する、というにある。

(申立に対する判断)

一  別紙1ないし25の各関係被告人の弁護人の申立に対する判断

(一)  裁判官柳瀬隆次関係第一の(1)及び第二の点について

被告人長野高一ほか二十四名に対する公職選挙法違反被告事件につき、東京地方裁判所刑事第十二部裁判長裁判官樋口勝、裁判官伊東秀郎及び裁判官柳瀬隆次が昭和三十三年十一月二十二日第一回公判期日を開廷したことは、記録上明かであるが、裁判官柳瀬隆次は、同裁判官に対する忌避申立に対する同年十二月一日付決定書の記載によつても明らかであるように、右第一回公判期日後、右刑事第十二部の構成替えにより、すでに右事件の審判を担当する裁判官でなくなつているので、同裁判官が右事件の審判に引き続き関与することを前提とする申立人等の裁判官柳瀬隆次に対する本件各忌避の申立は、その理由がないから、いずれもこれを却下することとする。

(二)  裁判長裁判官樋口勝及び裁判官伊東秀郎関係

イ 第一の(2)の点について

裁判官柳瀬隆次が本件被告人等の一部の者についてその起訴前勾留に関する裁判をしたことは、記録上明かであるが、本件第一回公判前裁判長裁判官樋口勝及び裁判官伊東秀郎が裁判官柳瀬隆次から右の勾留に関する裁判についての詳細な報告を受けたうえ、更にその勾留関係記録をも閲読し、同裁判官の回避の必要性の有無について合議した結果、回避の理由なしと判断した事実は、これを認めるに足る資料がない。申立人がそのような合議がなされたことを推認させる事情として主張するところによれば、申立人蒔田太郎が被告人鴇田隆太郎の弁護人として右第一回公判期日において裁判官柳瀬隆次に対して、同裁判官が勾留裁判官として本件起訴前捜査記録を精査し且つ起訴事実について意見を聴いている事実がある旨を告げて、その回避の意思の有無を質問したさい、裁判長が弁護人の指摘する点は裁判所においてもすでに承知しているが、その程度では回避の理由を認めることができない旨を回答したというのであるが、記録上これを認めるに足る資料もなく、又何らの疏明もなされておらないばかりでなく、たとえそのような事実があつたとしても、もともと公判廷において弁護人が裁判長とは無関係に直接陪席の裁判官に向つて発言し、その回避の意思の有無について質問するなどということは、いかなる当事者主義の下においても甚だあるまじい態度であつて、裁判長がこれをあえて咎めることもなく、右のような回答をしたものとすれば、それはむしろ穏便な措置として、裁判例で解釈が明かになつているところにしたがつて、勾留に関する裁判をしたことが直ちに回避の理由となるものではない旨を告げたにすぎないものと認めるのが相当であり、更に又裁判所の構成員の回避の必要性の有無というようなことは、これを合議して決定すべき筋合のものでもないので、記録上勾留に関する書類が第一回公判前関係部から右刑事第十二部の書記官室に送付されていた事実は認められるけれども、その事実と前記問答の事実とを捉えて、裁判長が裁判官柳瀬隆次から勾留関係の詳細な報告を受け且つ勾留関係記録を閲読して、同裁判官の回避の必要性の有無について合議して、回避の理由なしとの判断を下していたものと断定することはできない。

ロ 第二の点について

記録によれば、申立人田中政義が被告人桑名邦雄の弁護人として、右第一回公判期日において裁判長裁判官樋口勝に対し、同被告人に対する同年六月二十五日付起訴状中に「右候補者のため選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金二万円を供与し」とある「報酬及び費用として現金二万円を」という文言について、「すべてが買収金であるという趣旨か。法律で報酬及び費用として認められた合法的なものも含んでいる趣旨か。」が不明であるとして、検察官の釈明を求めたのに対して、裁判長が直ちに「裁判所としては、不可分になつておるという趣旨に理解しています。その趣旨が検察官と違うならば、どうですか。」と検察官の釈明を促し、これに対し検察官が「同様です。」と答え、つづいて、右申立人が「不正のものはどういう金額の内のどの位であるか。」検察官の釈明を聞きたい旨要求したところ、裁判長が「釈明は裁判所が必要である時にしていただきます。従つて、裁判所の理解するところでは、その二万円という額は両者が不可分になつておるので、その内幾らが報酬幾らが費用という金額的の区別はつかないものとして起訴状に記載してあるというふうに理解しておりますが、検察官はいかがですか。」と述べ、これに対して検察官が「同様です。」と答えた事実を認めることができる。申立人等は、右の事実を目して、裁判長が当事者主義の建前を逸脱して、自ら検察官の防壁となり、弁護人の攻撃に対して検察官の矢面に立つたものであると断じて、それが裁判官として慎重且つ公正な態度ということができないものである旨非難するのであるが、およそ起訴状に記載されている文言は、訴訟経済の見地等から、同種の事件については、実務上の慣行にしたがつて定型化されたものが使用されるのが通例であつて、そのような慣行的に定型化された文言については、一般に法律実務家の間ではおのずからその意味内容が明瞭になつているのが実情であるから、起訴状中のこの種の文言については、その釈明を求める必要は差当り起らず、精々冒頭陳述ないしは後の証拠調の結果等により具体的に判明した事実と起訴状の文言の実務の慣行上一般的に認められた意味内容とが異なることが窺われるにいたつたようなばあいに、はじめて真に釈明を求める必要が生ずるにすぎないものというべきであつて、弁護人が例えば起訴状朗読の直後に偶々不用意にそのような文言の意味内容について釈明要求をしたようなばあいには、裁判長としては、盲目的にいちいちこれに応じて検察官に釈明をさせるべきものではなく、健全な裁量によつて訴訟指揮権を行使し、自ら弁護人に対して右の一般的に認められている意味内容について注意を喚起する等適宜の措置をとれば足りるわけである。前記「報酬及び費用として」という起訴状の文言についても、まさしくそのことがいえるのであつて、弁護人の前記のような釈明要求に対して、裁判長が直ちにこれに応じないで、一応従来の裁判例によつて法律実務家の間に明かとなつている右の定型的文言の解釈を弁護人に示したことは、まことに妥当な措置であつて、申立人等の非難はその当を得ないものと認められる。

したがつて、以上イ及びロの各点を通じて、裁判長裁判官樋口勝及び裁判官伊東秀郎が事件につき予断を抱き、不公平な裁判をする虞があることを認めるべき根拠は、何ら存在しないものというべきであるので、申立人等の裁判長裁判官樋口勝及び裁判官伊東秀郎に対する本件各忌避の申立は、その理由がないから、いずれもこれを却下することとする。

二 別紙26ないし28の各関係被告人の弁護人の申立に対する判断

昭和三十三年十二月二日付本件忌避申立書の記載のうち申立人原玉重の署名押印の部分には、「原玉重」と記入したうえ、その名下に「弁護士関根俊太郎印」なる印章が押捺されており、又申立人大崎厳男の署名押印の部分には、「大崎厳男」と記入したうえ、同様「弁護士関根俊太郎印」なる印章が押捺されているが、右の印章は、明かに本件相申立人関根俊太郎の署名の下に押捺された印章及び右申立書の契印に使用された右相申立人の印章と同一のものであつて、申立人等の印章とは認めることができない。したがつて、本件忌避申立書は、申立人原玉重及び同大崎厳男の関係においては、刑事訴訟規則第六十条の要求する押印を欠くのみならず全く別人の印章の押捺されたものの如きは正確を旨とする訴訟手続に関する法規を無視したものであり、これによつてなされた忌避の申立は、書面による申立としては、その法令上の方式に違反するばかりでなく、右申立人等両名の各真意に基いたものかどうかも全く不明であつて、忌避申立という事柄の重大性にかんがみ、無効と認めるのほかはないので、申立人等の本件各忌避の申立は、いずれもこれを却下することとする。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 関谷六郎 山崎茂 伊東正七郎)

(別紙略)

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